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Posted by: kawasaki
2010/06/19 15:09
これは以前コラムに書いた記事=「イーグル」の続きのお話である。そこで私は初代イーグル=世界最初のシャープエッジディスク について書いた。

ジャパンオープン2010に私はこのイーグルを持って行った。どうしてもやりたい重要なことがあったからである。私は直接イノーバの創立者であり、イーグルを発明し作成した本人=デイブ・ダナペイスにこのイーグルの現物を見せて、これが本当に初代イーグルかどうか確認し、可能ならばロットナンバーも知りたかったのである。

そしてついにその時はやってきた。
デイブはディスクを見て大変驚き、そして入念にプリントと材質を調べ始めた。デイブの説明によるとポイントは材料に重量を重くするためのツブツブが混じっていることだそうな。そして最高の言葉をもらえることが出来た。「これは間違いなく最初のロット3000枚の内の1枚である」とのこと。サム・フェランズも驚いていた。基本的に投げて使われるディスクであり3000枚しか作られなかった初ロットのイーグルが新品で残っているのは非常に珍しいとのこと。
嬉しくなった私は、デイブにディスクの裏にサインをしてもらった上にそのディスクを2人で持って写真を一緒に撮ってもらった。幸福な一時であった。

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また、ディスクコレクションに宝物が一つ増えてとても嬉しい。
私はこれを含むコレクションの数々をいつまでも押し入れの奥にしまっておかず、多くの人の目に触れるようにしたいと思っている。私の夢はコレクションを常設で公開・展示する場所とプロショップを併設するディスクゴルフコースのコースプロになることなのである。しかし、いまのところどこにも当ては無い、、、いつかきっと実現したいと思う。

PS: IN’NOVA その2
やはり以前コラムで書いた「IN’NOVA」の続きというかおまけのお話をしたい。
そのコラムで私は、シャープエッジを発明しイーグルを生み出しINNOVAを設立したデイブ・ダナペイスを紹介すると共に、さらにその10年以上前に日本でシャープエッジディスクが中島飛行機で戦闘機「はやぶさ」を設計していた糸川英夫博士の設計によって発売されていた事実を紹介した。
その事実を知って以来、私は糸川英夫博士の事を詳しく調べ、日本の宇宙ロケット開発の基礎を築いた偉大な功績と非常に個性的な人間性を知り大ファンとなった。                    
さらに、数年前、糸川英夫博士の後継者達が開発した宇宙ロケット「はやぶさ」が、小惑星「イトカワ」に着陸し岩石を採取し地球に戻ろうとしているという凄い事実を知り、そのロケットの記事を必ずチェックして、心の中で応援し、必ず地球に戻って来て欲しいと願い続けていた。
そしてついにロケット「はやぶさ」は7年間に渡る波乱万丈の旅を終えて戻って来た!
まさか、それが私がデイブ・ダナペイスにイーグルを見せてサインをもらった直後の、ジャパンオープンウィーク最終日の夜に地球に帰還するとは!私はホテルのテレビでそのニュースを大興奮しながら見ていた。
他の人にとっては、関係無いといえば関係ないし、こじつけとも言える事であろうが、私の中では偶然では片づけられない出来事であった。





Posted by: kawasaki
2009/06/29 21:33
フライングディスクの多くの種目においてセルフジャッジが採用されている。しかし、私はセルフジャッジが嫌いである。
対戦形式のスポーツにおいてセルフジャッジはナンセンスだと思う。プロだからNGだとかアマだからOK、などという考え方も当てはまらないと思う。スポーツとして競技性が高ければ高いほど、競い合いが厳しければ厳しい程、セルフジャッジは成り立たないものだと思う。もし、スポーツとしてメジャーになりたければ、セルフジャッジは止めた方が良いと思う。それでもセルフジャッジをいう「美徳」を維持したいという意見に私は賛成できない。
例えばフライングディスクのDDC(ダブルディスクコート)という種目において。現時点で私はこの種目の現役のオープンクラスの日本チャンピオンであり、通算の最多優勝回数(日本選手権)=8回 の記録も持っている。したがって日本では最もDDCのことをわかっているプレーヤーの一人だと思う。このDDCにおいて「ダブル」(同じチームのプレーヤーが同時に2枚のディスクに触れていること)という非常に難しい判定を自ら行わなければならない状況にあるが、この判定はセルフでは困難な場合が多い。これは他のチームの試合においての判定(セルフジャッジ)を外から見ると度々間違った判定が起きている場面に出会うのでよくわかる。もちろん正確に判定されることが多いが、攻撃側が自分達に有利になるように主張してそれが採用され、実際にはダブルでは無いのにダブルと判定されているという状況もかなり高い確率で発生しているという重大な事実がある。そして逆のパターン(ダブルでは無いと主張してそれが採用されるが実際にはダブルであるパターン)も起きている。ダブルの判定は非常にむずかしいことであり、この判定はプレーヤー自身がやるべきではないと思う。
私自身も自分の試合において今までセルフジャッジをしてきておりその判定には自信を持っているが、おそらく相手の中には私の判定に疑問を持ったプレーヤーがいると思う。しかし、その逆も起きているのである。相手は自分の判定に自信を持っていると思うが、私自身が相手の判定に疑問を持つことも起きているのである。それがゲーム終盤の勝負を決する場面で出るのはたまったものではない。しかし、実際にはそれが起きている。そこで、私は最近は日本選手権の準決勝・決勝においてはオブザーバー(第3者の判定者)を要求することにしている。これはルールブックで正式に承認されていることであり、第三者に判定をしてもらうものである。これでかなり救われることにはなる。ただし、これも完璧では無い。オブザーバーを要求しても空いている人がいないこともあるし、いたとしても、ほとんどの場合そのオブザーバーはその場に(近くに)居合わせた同じ大会に出場しているプレーヤーであり、審判としての判定の訓練を受けているわけでもないし、個人的にはどちらかのチームを応援している可能性が無いとは限らないのである。

審判がついていてもプロ・スポーツとして度を過ぎると、セルフジャッジに見られる人間性としての「美徳」が失われ、汚いスポーツとなってしまのが嫌だ、という考えを否定はしないが、審判がついていてもメジャーになっており、アマチュア精神が強くクリーンなスポーツが多いという事実も忘れてはならない。例えばホッケー、ラグビー、ソフトボール、バレーボール、卓球、バトミントン、等である。フライングディスクは審判をつけてこれらのようなスポーツを目指すべきだと思う。
メジャーでないニュースポーツが多種多様に存在し競い合っている現状において、「セルフジャッジ」が他のスポーツに勝りメジャーになるのに有利に働くとはとても私には思えない。むしろ大きなマイナス要素になると思う。
ちなみにこれは対戦形式のスポーツ競技の話であり、ゴルフには当てはまらない。ゴルフはセルフジャッジで成り立つスポーツであり、すでにボールゴルフという非常に大きな実績がある(対戦形式のスポーツでセルフジャッジを採用してメジャーになったスポーツは存在していない)。また、このゴルフにおいてもオフィシャルやスコアラー、他のプレーヤーから常にチェックされているという安全確認対策が働いているということも忘れてはならない。

Posted by: kawasaki
2009/02/16 14:45
台湾で行われたアジアオープン2009において、幸福にも世界チャンピオン=デビッド・フェルドバーグと接する機会が多かった。選手が少ない上に同じホテルに泊まっていたためである。アメリカやジャパン・オープンでは時間も無いし沢山の人がいるので、このようなことは無い。とても運が良かったと思う。過去に彼と話をする機会はほとんど無かった。私個人的には神経質そうで、とっつきにくく非常に話しづらい人、という印象であった。ところが今回いろいろと話をしてみて印象とはかなり違う人であるということがわかった。台湾で彼と話したことと私が感じた人となり、について紹介してみたいと思う。


*フェルドバーグは何とサッカーをやっていた!

彼は何と以前サッカーをやっていた。しかも、3歳から20歳まで。ポジションはサイドのフォワード。これには驚いた。アメリカ人でこれ程サッカーを長く、一生懸命やっていた人は珍しいと思う。私も6歳から20歳までサッカーをやっていたので親近感が湧いて嬉しかった。彼がサッカーを始めた理由は何と従兄=ファーレン・フェルドバーグがあのマンチェスター・ユナイテッドに所属していたからだそうである。私の最も好きなチームもマンチェスター・ユナイテッドであるが、アメリカ人が所属していたとは知らなかった。話がそれるが、私が好きなのは1960年代のマンチェスター・ユナイテッドである。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、デニス・ローがいたかつての黄金時代のチームである。本当に素晴らしいチームであった。ちなみにボビー・チャールトンは昨年のクラブ世界選手権で来日していたし、デニス・ローの娘さんもチームの広報として一緒来日していてTVで見ることができた。そして、何と言っても伝説のプレーヤージョージ・ベストである。40年前のイギリスにこれ程上手い選手がいたのは驚異である。今でいうとアルゼンチンのメッシ クラスである。ちなみに彼は不摂生がたたり一昨年に若くして亡くなってしまった。その後アイルランドの国際空港の名称がベルファスト空港から「ジョージ・ベスト空港」に変更されている。彼のプレーを見たことが無い方は是非、YOU TUBEの動画で「GEORGE BEST」で検索されたし。彼の素晴らしい名プレー集を見ることができる。
さて話は戻る。ところが彼は20歳の時にサッカーで足を複雑骨折して、プレーを続ける事を断念。その後、大学生(オレゴン州立大学、エベリー・ジェンキンスと同じ大学)時代にでディスクと出会ったとのことである。


*フェルドバーグは他のディスク競技もやっていた。

彼は他のフライングディスク競技もやっていたそうである。MTAでも13秒を出したそうである。そして驚いたのはガッツ競技が好きで、往年のオーバーオール世界チャンピオン=スコット・ジンマーマンのチームと一緒にやっていたそうな。スコット・ジンマーマンと言えば、私が2年だけフリスビー世界選手権に遠征した時の両年の総合の世界チャンピオンであり、私の憧れの人であった。史上最高のオーバーオールプレーヤーと言われたこの人もまた伝説のプレーヤーである。まさかフェルドバーグがガッツをやっていたとは驚きである。確かにスピードはかなり速そうである。また、彼は現在大学生にディスクを教えているがその中で学生にディスカソンをプレーさせているとのこと。ただし、彼自身はは今は走るのが嫌いだそうである。
ちなみにこの話は台湾の夕食時に出た話だが、その場にいた日本チームのメンバーの中に現日本オープンクラスのDDC・フリースタイル・ディスタンス・ディスカソンの各チャンピオンがいたのには彼も大変驚いていた。日本のDGトッププレーヤーには他の種目を得意としている人が多いのである。


*フェルドバーグはディスクをコレクションしている。

彼は若いDGプレーヤーにしては珍しく、ディスクをコレクションしている。しかも、DGディスクだけでは無く、古いフリスビーも集めているそうな。現在約3000枚。自宅のガレージに綺麗に並べているそうである。保存方法はディスクを積み重ねるのではなく、立てて横に並べる。2本の丸い棒でディスクの下部を2か所で支えるのが重量が分散して良いそうである。アメリカでよくやっているガレージセールを見て歩きディスクを見つけるのが楽しみで、ワームオーのプルート・プラッターを数ドルで、1970年代初頭のワームオーフリスビーのトイセットは何と25セントで入手したそうである。


*フェルドバーグは普及のことを一生懸命考えている。

彼は現在、子供達や大学生にディスクを定期的に教えて回っている。彼曰く「PDGAは作戦を間違えた。90年代からプロの選手向けのイベントばかりに力を入れ過ぎた。もっと底辺を広げる普及に力を入れていれば今の3倍は普及が広がっていただろう」とのこと。「台湾から招待してもらって非常に嬉しいが、大会だけでなく、小学校等でのデモや講習会も是非やりたかった。その方が普及には効果的である」とも。このような言葉が彼から出るのは素晴らしいことである。これぞトップ競技者の鏡であると思う。


*フェルドバーグは一生懸命練習をしていた。

彼は大会前々日の木曜日から練習を始め、金曜日にわたる2日間目一杯必死に練習していた。「今回はアメリカで150クラスの練習をしていなかったので、GやMANABUに負けるかもしれない」とのことでかなり一生懸命だった。
また、サイドアームの練習の後遺症で右手の腱鞘炎になっているそうで1日目のラウンド終了後に氷で冷やしていた上に、夕食後他の人がまだレストランに残っているのにも関わらず、早退して右腕が張っているとのことでマッサージを受けに行っていた。パッティング教室の内容をみてもわかるが、非常に緻密で科学的、一生懸命で真面目にDGに取り組んでいる。だから世界チャンピオンになれるのか、、、、もちろんそれだけでは無いだろうが、、当り前であるが彼に比べたら私などはまだまだ足りないことばかりである。


*フェルドバーグのプレー

いつも彼と違うパーティで同時にラウンドしていたので詳細を見ることはできなかったが、練習日と決勝の数ホールでのプレーを見ただけで彼のレベルの高さが良くわかった。今回150クラスでのプレーだったが、大体彼は130mまでは全力の85パーセントの力でコントロールして投げることが出来ていた。彼は常に85パーセント以下の力で投げるそうである。しかもハイザー・アンハイザーは関係なく、どちらも同じレベルである。アンハイザーの方が苦手ということは全く無かった。今回のコースは非常に長く難易度も高かった。パーは58(18ホール)設定であったが、私の飛距離では絶対に2が出ないホールがもう3ホールあった。JPDGAの通常設定だとパーは61のレベルである。しかも2日間ずっと強風が吹き荒れており、10m以上のパットはまず入らないという状況。その中で風が少し弱まった第3ラウンドにおいて彼は何と45のスコアを出した。つまり実質16アンダーということである。彼が昨年のPDGAワールドで100アンダーを出したというのが納得できた。とんでもないレベルである。現時点では史上最高のプレーヤーである、と言えるのではないだろうか。

と、こんなところである。
以前から感じていた神経質でシャイで人見知りをするように見えるところも少しだけあったが、彼の人間性をより深く理解できると共に少しだけ知り合いになれてとても嬉しかった。彼の今後のさらなる活躍と、ディスクゴルフ競技の普及と発展へ大きく貢献することに是非期待したいと思う。



Posted by: kawasaki
2009/02/05 12:31
私の寝床(ベッド)の横の壁に、額に入ったある写真が十数年前からずっと同じ場所に飾られている。それはある初老の男性が海岸のとても素敵な自宅のリビングルームや海を望むウッドデッキでくつろいでいる姿、そして颯爽とサーフィンを楽しんでいる姿を撮った写真である。十数年前にある男性雑誌の巻頭でその男性の歴史、生き様、そして立ち上げたアウトドアブランドについて書かれた特集記事から切り抜いたものである。私はその記事を読んでとても感動しその人のファンになり、いつかその人のようになりたい、いつかそのような素敵な家に住みたい、そして、いつまでもそのイメージを覚えていたいと思い写真を切り抜いて額に入れて壁に飾っておいたのである。

その人の名はイヴォン・シュイナード、ご存じアウトドアブランド=パタゴニアの創業者である。彼とパタゴニアブランドの歴史についてはきりがないので詳細を語ることは控えるが、その写真が載っていた雑誌で、屈指のロッククライマーであった彼がやがて世界最高のアウトドアブランドの一つを立ち上げ、早くから世界で最も先進的な環境活動を行っていることを知り、私にとって彼とパタゴニアのブランドは特別なものとなったのである。
さらには、フライングディスクの第二期黄金時代である1980年代後半、バドワイザーがスポンサーについてラミラダで行われたUSオープンにおいてクレイジー、ジョイハドと組み歴史に残る名演技をしてフリースタイルの世界チャンピオンとなったチップ・ベルが受け付け係として働いているという事実を知り、ますますパタゴニアのファンとなった。
しかしである、、、、恥ずかしながら、当時私がパタゴニアのウェアやグッズを買うことはなかった。良い物とはわかっていても経済的にも実用的にもそれを買う勇気が当時の私には無かった。今思うと大変情けない話である。私が初めてパタゴニアの商品を買ったのは今からわずか2年前、仕事で行った札幌にあったパタゴニアのアウトレットストアでのことである。さすがに良い物ばかりであり今でも全て愛用し続けている。

そして、さらに、昨シーズン、なんとチームのスポンサーであるヒーローディスクからパタゴニアのレインウェアとフリースウェアを提供されるという大きな幸運に恵まれた。私は嬉しくてしょうがなかった。そのフリースウェアは非常に軽い上に保温性が高いので冬においては欠かせないアイテムとなり愛用していたが、ディスクゴルフの大会本番プレー中だけはかさばりプレーに支障があると思い着ていなかった。薄い異なるメーカーのフリースウェアの上にレインウェアを着てプレーしていた。ところが12月の東海OPにおいてはあまりに寒さが厳しくそれではプレーしにくかったので、初めてそのパタゴニアのフリースを着てプレーしてみた。長袖アンダーウェア+半そでポロシャツ+パタゴニアフリース+(体脂肪!)の3枚だけを着てプレーしてみたところ、寒さを感じることなく、かさばることも無く、軽快にスローをすることができた。これは大発見であった。そしてその効果も大いにあったと思うが、何と超久しぶりの優勝を果たすことができた。さらにその後の関西OPでも同じウェアのパターンでとても良いプレーをすることができたのである。さすがである。これには大変驚くと共に感慨深いものを感じた。私の中では今後寒い冬場のプレー中の定番ウェアとなると思う。

今の私には夢がある。それはパタゴニアのリサイクルフリスビーにチップ・ベルとイヴォン・シュイナードのサインを貰うことである。しかし、果たしてこの夢は実現するのであろうか?? チップはまだ若い。しかし、イヴォン・シュイナードはすでに70歳を超えている。
是非、この夢がかなって欲しいと願う今日この頃である。



Posted by: kawasaki
2008/12/20 22:38
*まとめ
東海OPで優勝できたことは非常に嬉しかった。ただし、「たまたま調子が良かったから運良く勝てた」ということでは無いと思っている。この結果は長年の努力の成果であり、確実に一歩づつ上がってきた結果であると信じている。自分でも少しづつではあるが確実にレベルが上がっているという実感がある。この結果を受けて、迷っていたのだが来年もプロ・オープン部門でプレーをすることにした。厳しい競い合いを経験することでさらにレベルを上げて将来は世界で勝負できるようになりたいと思う。

調子が上がって来てはいるが、まだ理想的な練習は出来ていない。体もとてもアスリートと呼べる代物ではない。特に今年に入ってからはかなり仕事が忙い上に、夏バテがひどくてあまり練習時間が取れない状況であった。ただし、その中でも効率の良い練習方法を実行することができるようになったのが良かった。ペースとしては2週間に一度の試合(もしくは試合形式)、1週間に1度の河川敷での投げ込み、というのが今の状況では良いペースとなっている。特にこの河川敷での投げ込みは効いていると思う。尖ったディスク各種=7-8種類を各2枚づつ、向かい風と追い風で投げて行く、ストレート、ハイザー、アンハイザー、コントロールショット、フルショット を投げ分けて、約2時間程、トータル150~200投ぐらいを投げ込むことにしている。この投げ込みは風への対処方法習得、遠投力の強化に非常に役立っていると思う。投げ込みは最低1週間に1度以上行うべきだと思う。週末が1度抜けて2週間間が空くとかなり肩がなまってしまう。私はこの5年間最低1週間に1度2時間以上投げ込むことを心がけてきた。そのおかげで肩がなまることはなかったように思う。

今はまだ理想的な練習はできていないが、それはしょうがないことである。今の私の人生のペースや周りの環境が、それに合っていないからである。他にやらなければならないことが沢山ある。無理をしてもしょうがない。無理をすれば破綻するだけである。今はまだその時が来ていないと思う。しかし、将来その時は必ずやって来ると信じている、その時はベストを尽くしてさらにレベルアップしたいと思う。毎日最低100投のパット練習をして、2―3日に1度は投げ込みとラウンド練習をして、ベストの筋力トレーニングをして、走りこんで、メンタルトレーニングにももっと力を入れたいと思う。そうすればまだまだ伸びる余地があると信じている。楽しみでしょうがない。いつまでも自分の競技レベルを上げる努力をしていきたいと思う。それが私の大きな生き甲斐の一つである。ディスクゴルフはとてつもなく奥が深くて難しい。だから面白い。だから楽しい。だからやり甲斐がある。悔しくて悲しくてがっかりすることも多いけど、人間ある程度ストレスが無いと人生面白くない。上手く行った時の達成感には何物にも代えがたい価値がある。
私はディスクゴルフが大好きである!


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